[O]32歳になるまでを振り返り、これからを考えてみた

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本日、全世界に祝われながら32歳を無事に迎えることができました、Olein編集長(@Olein_jp)です、おはようございます。

また一つ、年輪を増やしてしまいました。今年はいろんな意味で人生の分岐点になりそうな予感満載なので、ここを節目に今までとこれからを考えてみようと思います。

(いつもよりかはお固い内容となっておりますことを、予めお知らせしておきます)

好き放題な10代

20歳まで本当に好き放題やってました。小学校、中学校ではサッカーに明け暮れ(小学校はそうでもなかったか)、膝を悪くしたこともあって高校ではサッカー部には入らず写真部へ。そして、写真を撮り、現像し、焼き付ける時間をたまに過ごしながら、なぜかわからないままちょっと大きなコンクールで賞をいただき、その傍らバンド活動にも明け暮れ、週末はバント練習ばかりでした。数カ月に一回はライブを挟みながら。

休む理由もなかったので、高校は皆勤賞。そんなこんなで推薦で金沢のとある工科大学へ。電子工学部に入学したはいいものの、興味の湧いたものにはその頃からアクションは早かったですね。宇宙物理学を独学で勉強したり、盛り上がりつつあるWebデザインもこのころから始めました。当初、購入したのはPowerbookG4でした。

波乱万丈な20代

大学の勉強をさておいて、自分の好きなことだけ勉強していました。微分方程式って何?って状態が続きました。

その頃かじりはじめたWebデザインが発端で、デザインをちゃんと勉強したいと決心し、無理くり大学を中退してバイト生活。そして、実家に戻り名古屋の専門学校へ入学しました。

その頃には、Webデザインへの興味よりも、もう少しプロダクト寄りというか、広い範囲でデザインに興味を持っていたらしく、グラフィックデザイン専科に入りました。

そこで広告の楽しさに惹かれました。もう『広告批評』なんか読みまくりでしたね。CI作りやブランディングに興味を持ち始めたのもこのあたりからです。

知り合いのお店のリニューアル案を勝手に作って(CIからチラシ、パンフレット、DMなどのサンプル的なもの一式)勝手に持ち込んだりしてました。厚かましいヤツです。

卒業後、岐阜で2番目に大きな某広告代理店(愛知・岐阜ではちょっと有名なフリーペーパーを発行している会社)の制作部へ入社。そこでは昼夜関係なく働きましたね。給料も今よりも全然良かったです。自分の時間は全くありませんでしたが。

そちらの制作部リーダー・制作進行管理などの役職を経て、退社しました。

いざ、ロンドンへ

その理由はロンドンへの語学留学です。

もともと海外への興味は強かったのですが、姉も同じロンドンへ留学していた経験もあり情報は豊富でした。そして、ロンドンはアメリカと違って学生ビザでも一定上限以下の時間数であればアルバイト(パートタイムジョブ)をすることが可能でした。なので、経済的に考えてもそちらの方が自由度が高く、収入を得ることができるので、自分でなんとかやりくりできていました。

バイトして貯金しては、旅行。貯金しては旅行の繰り返しでしたね。たまに、旅行行かずにユーズドのブロニカ(中判カメラ)などを購入しては写真を撮り、ラボに持ち込んで現像・焼付けなんかをやっていました。周りに写真で食べている人やアート系の大学の学生がいたのも刺激になっていたと思います。

バイトは日本食料理屋で働かせてもらっていました。ボスはミスター・オクレにそっくりです。ガイドブックにも必ず乗っている日本食料理屋さんでホールからキッチンまですべてこなしていました。ホールではお客さんのオーダーなんかも取ったりしますので、会話の練習にはもってこいでしたね。オススメなんかも聞かれたり、「この料理には〇〇入ってる?」とかアレルギーを気にする人や、ベジタリアンの方なんかは特に。

おかげで会話も勉強になり、キッチンでは全ての業務を覚えさせられたので、料理の基本はすべて出来るようになりました。あ、あと、寿司も握れるようになりました。ちゃんとお客さんに食べさせてましたよ。細巻きなんかは1本20〜30秒で作れまっせ!

旅行もたくさんしてきました。ポルトガルには語学学校の友達の実家に1週間くらい滞在してポルトガル内を回って来ましたし、オーロラの写真が撮りたくなってノルウェーの北部、トロムソという街に1週間ほど滞在しました。そちらでは夜中、機材をバックパックに詰め込んで撮影スポットを探している時に足を取られて崖から落ちるというアクシデントにも見舞われましたが、なんとか凍死は免れました。おかげでオーロラを生でしっかりと見ることが出来ましたし、写真にもしっかり収めてくることもできました。

あとはスペインのトマト祭りにも参加してきましたよ。まさにトマトまみれで楽しいお祭でしたが、スネくらいまでトマトの汁で埋まります。確実に戦いの要素が強いお祭りでした。

ロンドン滞在時、僕はサッカー好きであればご存知だろうチェルシーというチームのスタジアムがある地区の近くに住んでいました。しかし、チェルシーのスタジアムのチケットはやはり高い。なので、僕が通っていた学校の校長もサポーターだったフルハムというチームのシーズンチケットを購入し、ホームゲームはすべて見に行っていました。フルハムは昔、稲本潤一選手が所属していたことで少し日本では馴染みのあるチームだと思います。

そこのスタジアムはとても小さく、しかしグランドと観客との距離は最短3mくらいなので、めちゃくちゃ近くで選手を見ることができます。僕の席はコーナーフラッグにとても近かったので、有名選手をホント目と鼻の先で見ることができました。

そんなこんなで楽しんでいたロンドンでの生活も2年で終えました。最後には、1ヶ月有効のレイルパスを購入し、ヨーロッパを約1ヶ月、一人旅してきました。

ロンドンから飛行機でベルリンへ。そこからプラハ(チェコ)、ウィーン(オーストリア)、ブダペスト(ルーマニア)、ザグレブ(クロアチア)、スプリット(クロアチア)、アンコーナ(イタリア)、ローマ(イタリア)、フィレンツェ(イタリア)、ミラノ(イタリア)、ニース(フランス)、モンペリエ(フランス)、バルセロナ(スペイン)と続きました。

バルセロナは僕の大好きな街です。とても居心地がよく、ご飯も美味しく、街もキレイ。この時は二度目の滞在でしたが、全く飽きませんでした。正直、移住したいくらいでした。(スペイン語はほぼわかりませんが)

そして、名残惜しみながら、ロンドン経由で日本へ本帰国しました。この時、29歳です。

日本での再就職

本帰国してからもゆっくりとした生活をしていました。就職活動もやりながら、好きな事をしてましたね。

でも、これではいかん!ということになり、知り合いの紹介で現在の会社へ入社しました。そして、僕は決定的な失敗をしてしまったのです。給与を聞かずに入社してしまった!

完璧にあとの祭りですが、簡単に言いますと以前働いていた時よりも、手取りで5万円は安いです、給与。ふぅ〜〜。

そして、もうすぐ入社3年目を迎えるころですね。そして、僕は32歳になります。

そして、これから

入社して3年を目前にして、今後のことをとても考えています。

というのも、収入も確かに増やさなければいけませんが、今の会社のキャパシティは現状マックスです。ですので、僕が身を滅ぼせば収益はあがるかもしれませんが、僕としてはどうせ身を滅ぼすなら、自分にしっかりと得られるものがあることで身を滅ぼし削りたい。そう考えています。

ですから、もしかしたら独立することに行く末なるかもしれません。または、会社を変えて転職するかもしれません。

どうなるか本当にわからない。しかし、どうにでも出来るように準備は常に整えておきたいし、そのためにはもっともっと勉強しなければいけないことはたくさんあります。今は、なるべくそういう時間を設けて自分に投資する時期だと考えています。

これからも、どんどん面白いこと楽しいことに挑戦していきたいOlein編集部です。皆様、何卒よろしくお願いいたします。